2008年05月23日

Blood Diamond。

エドワード・ズウィック 『ブラッド・ダイヤモンド』(2006) ☆8.7

90年代初期からおよそ10年間続いたアフリカ、シエラレオネのダイヤモンドを巡る紛争を描いた衝撃作。監督は『ラストサムライ』のエドワード・ズウィックで、主演がレオナルド・ディカプリオです。

実際の内戦の経緯を踏まえておくと、90年代、シエラレオネでは政府と統一革命戦線(RUF)との間でずっと内戦が続いていて、反政府組織の資金源となったのがシエラレオネで産出されるダイヤモンド。RUFは国内の村々を襲っては略奪や虐殺をくり返し、生き残った住民たちを奴隷化して、制圧、占領したダイヤの採掘場で強制的に働かせる。産出されたダイヤはロシアなどに売られて、それで得た金で大量の武器が買われ、それによって内戦はますます激化していく。反政府組織が密輸出するダイヤは「紛争ダイヤモンド」と呼ばれて禁止される90年代後半まで、ずっとこのサイクルがくり返される。タイトルの「ブラッド・ダイヤモンド」とは「紛争ダイヤモンド」の別名で、他に「ダーティー・ダイヤモンド」などとも呼ばれ、当時は世界のダイヤモンド市場のおよそ1割がこの「紛争ダイヤモンド」だったと言われる。

ディカプリオ演じるダニー・アーチャーはダイヤを受け取って、反政府組織に武器を卸す武器商人っていうかケチな仲介業者みたいな男なんだけど、ダイヤを運んでいる最中に政府軍に見つかり、捕まってしまう。ちょうど同じ留置場にはダイヤの採掘場から連行されてきた反政府組織のゲリラや強制労働させられていた住民も収監されていて、アーチャーは偶然にもそこにいた住民の一人ソロモン(ジャイモン・フンスー)が巨大なピンクダイヤを見つけたという噂を耳にする。アーチャーは知り合いの政府軍の大佐に口を利いてもらってダイヤの在処を知るソロモンと一緒に出所させてもらい、彼に近づく。ダイヤの在処を問いつめるが当然ながらタダでは教えてもらえず、RUF襲撃時に別れ別れになった家族を見つけてくれたらダイヤを渡すとアーチャーは持ち掛けられ、承諾する。で、二人は別れた家族と巨大なダイヤモンドを探す旅に出るのだった‥‥。

本当にアフリカっていう国は現代に残された最後の地獄っていうか、これだけ人間の命が軽々しく扱われてきた、今も扱われている場所もそうそうないと思う。劇中で、反政府ゲリラが村を襲って住民を虐殺するシーンがかなりリアルに出てくるけど、そこで何より最悪だと思ったのが投票に行かせないっていうそれだけの為に子供を含めた村の住民たちの腕を切り落とすっていうところで、ホントに頭がどうかしてるよコイツら。この「腕を切り落とす」っていうのは確かルワンダかどっかで流行った拷問だったと思うけど、こういう強い自分たちは弱い人間をどうにでもしていいと思ってる殺人鬼集団こそ、この世から一掃してほしい。武力による解決が不毛なのは分かってるけど、本当に心底ムカついてしょうがない。これはもちろん映画内だけの話でも、シエラレオネだけの話でもなくて、実際に現在もスーダンのダルフール地方などで行われていることでもあり、ミャンマーの政府がサイクロン被害時に決行した国民投票とかも考え方は一緒でしょう。邪魔者は死ねばいいっていう論理。これは単に発展途上国だけの問題ではなく、ダイヤモンドも石油も一緒だけどそれを買う相手がいて初めて成り立つ訳で、例えば、ダルフールで政府軍による住民虐殺が起こっていることを知りながらも、産出される石油目当てに国連の介入を渋っていた中国やパキスタンなどはその典型で本当に罪深い。人命より経済が優先ってどんだけ鬼畜なんだよ。

って、全然映画のレビューになってませんが、今作のディカプリオはかなりいいです。ギラギラしてて。



予告。↓


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2008年05月22日

落語。

平山秀幸 『しゃべれども しゃべれども』(2007) ☆7.7

佐藤多佳子の同名小説を『学校の怪談』や『OUT』の平山秀幸監督が映画化。出演が国分太一、香里奈、伊東四朗などで、なかなか異色の落語をモチーフにしたドラマです。

東京の下町に暮らす今昔亭三つ葉(国分太一)は、未だに二つ目(噺家の位。メインが真打ち)の落語家で師匠の小三文(伊東四朗)からは「俺の真似ばかりしててもしょうがない」と言われるものの、それ以外どうしていいか分からずに伸び悩んでいる。そんな中、知り合いの女性から親戚の子に落語を教えてくれないかと頼まれ、聞くところによると、その子は大阪から東京に出てきていて、その関西弁の所為で同級生と上手くいっていないという。人に教えられるような立場じゃないからと断ろうとしたものの相手の熱意に押し切られ、渋々小学生相手に落語を教えることになるんだけど、そこへちょうど三つ葉が寄席で出会った、喋ることが苦手で上手く自分を表現できないで悩んでいる十河五月(香里奈)も加わり、即席の落語私塾のようなものが出来上がり、それぞれの抱えるコンプレックスを克服しようと喋りの特訓が始まるのだった‥‥。

この後に、解説で全然上手く喋れず悩んでいる元野球選手(松重豊)っていうのも加わってその人物設定とか面白いんだけど、なぜ、落語なのか?っていうのが、僕はずっとピンとこなかった。話すことが苦手でどうにかしようと思ってる人が、はたして今の時代、落語に向かうだろうか?お笑い芸人とかの方がそういうの得意なんじゃないかと思うんだけど、登場人物たちはなぜか落語私塾へとやってくるんですね。そこはなんか落語っていうモチーフありきで作られてる気がして、少し気になるところ。しかし、出自も年齢もバラバラの人間が集まって落語を特訓してる光景はちょっと奇妙で面白いです。三つ葉の祖母役に八千草薫が出演してるんだけど、生徒たちにお茶を入れたり、縁側から特訓の様子を眺めてたり、課題のネタの一つを諳んじてみせて「私の方が上手いわ、うふふ」とか笑ってて、なんか可愛らしいですよね、彼女は。のほほんとしてて。で、それとは対照的に国分演じる三つ葉がなんか異様に生意気な性格で、人に教えるような立場じゃないって言ってたわりには指導がすごい厳しい。たぶん、モノをはっきり言う江戸っ子のイメージなんだろうけれど、なんかちょっとイラッときます。だって国分に叱られるとかかなりイヤでしょ。口下手で意地っ張りな香里奈に対して「お前、そんなんじゃ男にモテないだろ?」とか言って、お前の方こそモテないだろ。つっても、まあ、結局二人は最後にはイイ感じになるんだけどね。んむ〜、なんだかなあ。



予告。↓


ラベル:邦画
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2008年05月21日

フラガール。

李相日 『フラガール』(2006) ☆8.2

2006年の日本アカデミー賞で、作品賞や監督賞など五部門を受賞した話題作です。周囲の評判も噂に聞くところではすごく良いっぽいので、どれどれ〜?とばかりに観てみたんだけど、確かになかなか良く出来てて面白かったです。

簡単にストーリーを説明すると、昭和40年代、主要なエネルギーが石炭から石油へと移行していく時代に、衰退の一途を辿る福島県いわき市の炭鉱町では新たな産業を生み出し、炭鉱に変わる町おこしが出来ないかということで「常磐ハワイアン・センター」が計画される。地元の人間によるレジャー施設ということで、ダンサーとして炭鉱町の娘が募集されるんだけど当然集まったのは素人ばかりで、これじゃどうにもならないので東京からダンスの先生(松雪泰子)が呼ばれる。新たな産業など望まない保守的な人たちが非難する中、娘たちによるダンスの特訓は連日続けられ、その光景に徐々に村の人々も理解を示していき、そして、ついにオープン初日を迎えるのだった‥‥。っていう、実話を元にしたストーリーです。

今作は非常にエンターテイメントとして良く出来ているっていう印象で、以前紹介した『パッチギ!』の出来の良さを思い出したんだけど、調べてみたら脚本家が羽原大介っていう同じ人でしたね。この人の書く話って、とても良く出来てるが故に非常に優等生的な逸脱のなさがあって、なんとなく周防正行や三谷幸喜の映画に近いような気がしました。どことなく炭坑夫たちも理性的というか、サラリーマンが顔を黒く塗っただけのようなスマートさなんですね。でも、これは別に批判っていう訳でもなくて、こういったベタなサクセス・ストーリーをしっかりと娯楽作品として作るっていうのは一つの価値としてあると思うし、大事なことだと思うんですけど、僕としてはやはりそれだけではグッとこないのも事実です。駅のホームでのシーンとか、引っ越しちゃう幼なじみとの別れとか普通にウルウルしましたが、そのシーンが好きかと問われると「うーん‥‥別に」っていう応えになってしまう。

そういえば気になったんだけど、今作には恋愛の要素がほとんどないですね。豊川悦司演じる洋二朗がダンスの先生のことを好きっぽいけど、全然一線超えないし、素人ダンサーの紀美子(蒼井優)の周囲には同年代の男の子の影すらなくて、何となく不自然です。フラダンスの練習中に「愛してる」っていう意味が込められた振り付けを先生から教わるシーンがあって、これは誰か好きな人に告白するシーンがあるんだろうなって思ってたら、上述した駅のホームのシーンで東京に帰ってしまうことになった先生に対してその振り付けをするんですね。これはちょっと釈然としなかったですね。女同士かよっていう。あ〜、でも、振り付けの意味が分かる相手にしないと伝わらないのか。だからフラガール内の誰かにじゃないといけなかったのかもしれないなあ。って、それにしても男の存在感なさ過ぎるけど。



予告。↓


posted by ケニー at 11:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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