2008年09月28日

KOIZORA。

今井夏木 『恋空』(2007) ☆4.0

もう説明いらずだと思うんですけど、ケータイ小説を原作としたガッキー主演のラブストーリーです。以前、ラジオで社会学者の宮台真司がこの『恋空』を観て、「全くこれっぽっちも理解出来なくて、逆にスゴかった」と言っていたのを聞いて興味津々、やっと観てみたんですが、確かにこれはキツい。まー、とりあえず、あらすじです。↓

ガッキー扮する高校一年生の美嘉は、もう夏休みに入ろうかというある日の放課後、ケータイを無くしたことに気づいて校内を探すハメになる。お気に入りの場所である図書室で着信音を頼りにケータイを見つけた美嘉は、友人の亜矢(波瑠)だと思って電話に出ると受話器の向こうから「ケータイ見つかって良かったね、美嘉ちゃん」と、知らない男の声が。何者か尋ねても応えようとしないその男は、夏休みに入ってからもくり返し美嘉に電話を掛けてきて、最初はウザイし、気持ち悪いという態度を取っていた美嘉も、次第に相手の気さくで優しい雰囲気に惹かれていってしまう。そして新学期初日、誕生日プレゼントを渡したいからプールサイドで会おうと謎の男に言われ、いざ向かうとそこには以前廊下ですれ違ってガラの悪い印象を美嘉に残したキンパツ頭の同級生ヒロ(三浦春馬)がいて、美嘉は戸惑ってその場を立ち去ってしまう。しかし、ルックスとは裏腹なヒロの無邪気で心優しい一面を目の当たりにするうちに美嘉はやっぱりヒロのことが好きになっていって、二人は付き合うことになり‥‥‥‥。

koizora-01.jpgまあ、ここまでは導入で、ここからいろいろな苦難が二人を襲うことになるんですけど、一応、ネタバレ注意しておきます。で、これ以降の展開をさくさく行ってみますが、学校をサボってヒロの家でめでたく初エッチを済ませて最高にラブラブな二人、しかし、ある日いきなり美嘉はなんか分からんDQNな連中にレイプされてしまう。ブチ切れたヒロが犯人グループをボコった結果、主犯はヒロの元カノのサキ(臼田あさ美)だと判明。元カノに制裁を加えようといきり立つヒロを「一緒に居られればいいから」と宥めて、押し止める美嘉。しばらく学校を休んだ後、ヒロの献身的な愛によって精神を持ち直した美嘉は再び学校に通い始めるが、行ってみると教室中の黒板に美嘉を中傷する落書きが書かれており、ヒロは再びブチ切れて周りを取り巻く同級生に「今度こんなことしたら、ゼッテー殺す」と啖呵を切って、美嘉を図書室に引っ張っていく。美嘉は男気溢れるヒロを惚れ直し、感極まった二人はそのまま図書室でセックス。それによって美嘉は妊娠し、それを聞いたヒロも「おめでとう!一緒に育てよう!」と大喜び。お互いの両親に結婚の報告をし、順風満帆かと思われたが、再び嫉妬深いサキが絡んできて突き飛ばされた為に、美嘉は子供を流産してしまって‥‥‥‥‥と、なんだかちょっと書いててクラクラきたんで、話の展開を追うのはこんぐらいでいいか‥‥。

今、あらすじ書いていてびっくりしたんだけど、なんか異様にスラスラ書ける、この話。いつもはどういう風にまとめようか、結構悩んで時間掛かるんだけど、これはスゴく自動筆記的にどんどん書ける。なんかその「スラスラ書けちゃう感じ」がこの作品を象徴しているような気がする。というのも、本作には微妙なニュアンスとか複雑な立ち位置とかそういうのはなくて、誰が観てもきっと同じように受け止めるし、そうとしか受け止められないんじゃないかと思うんですよね。だから、あらすじを書くのも全然悩まなくていい。それはそれで大変ありがたいですが、いかんせん感情移入とか全然出来ません。

ここまで予定調和が進むと、もうそれは新たなジャンルだとしか言いようがないです。一番ビビったのが、美嘉がレイプされてそこにヒロがチャリで駆けつけるシーンで、ヒロに抱きついた美嘉が泣きながら「どうしてここが分かったの?」って言うとこがあって、僕はここで「きっとヒロが主犯なんだな、よしよし」とほくそ笑んでいたんですけど、そんなことは全くなく、ヒロはフツーに「愛の力で」って言うんですよ。んな、アホな‥‥。こことか絶対「ヒロがレイプに関わってるフラグ」が立ったと思ったんだけど、結局ホントに「愛の力」とやらで駆けつけたっていうことでスルーされるっていう、ちょっと本気で理解に苦しみました。なんなんだよ、だったらレイプ中に駆けつけて止めろよ、っていう。結局、脚本家(or原作者)の掌の上というか、どうとでも書けるんですよね。別にそれならそれで良いんだけど、だったらレイプ犯役とか突き飛ばして流産させる役とか脚本家か作家自ら出演して演じてほしいですよ。お前らが登場人物殺してんのに「運命」とか「因果」とかの所為にするなって、こういうの観ると毎回思う。『涙そうそう』とかも最悪だったしな。はあ‥‥。



予告。↓



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2008年09月26日

落とし物。

古澤健 『オトシモノ』(2006) ☆5.7

黒沢清の『大いなる幻影』や『回路』で演出助手を務めたり、あの傑作『ドッペルゲンガー』の共同脚本家として名を連ねてたりで、なんとなく名前だけは知っていた古澤健の監督作で、沢尻エリカ主演のジャパニーズ・ホラーです。共演に若槻千夏、小栗旬、杉本彩など。以前ジャパニーズ・ホラーは何でダメなのか?をちょっと書いたんですけど(→コレですね)、そのダメさがここでもすっかり見受けられて同じような批判になっちゃいそうでレビューを書くのがちょっと億劫なんですが、新たな切り口を模索しつつ、頑張ってみます。という訳で、あらすじ。↓

心臓を患って入院している母(浅田美代子)に代わって、小学生の妹・範子の面倒を見ながら学校に通う女子高生・奈々(沢尻エリカ)。母に心配を掛けまいと、妹と二人で普段通りの生活(母子家庭なのです)を送っていたが、ある日、一人で母の見舞いに行った妹が行方不明になってしまう。で、実はつい先日も妹の同級生の失踪事件が起きていて、両者に共通するのは駅で何者かの定期券を拾ったという事実だった。奈々は母親に事件を隠したまま一人で妹を捜すうちに、同じくオトシモノの呪いで友人を失った同級生の藤田香苗(若槻千夏)に出会う。香苗の友人・茂は「ヤエコに気をつけろ!」と香苗に向かって叫んだ直後、ホームに入ってきた電車に轢かれて死んだのだった。その忠告から奈々と香苗の二人は「ヤエコ」という名の女性の正体を掴もうと奔走するものの‥‥。

otosi-01.jpgんー‥‥なんかあらすじ上手くまとまんない‥‥。面目ない。簡単に言えば、オトシモノを拾った人たちが死んでいくっていう、まあ、極めてシンプルな話なのです。で、ジャパニーズ・ホラーでは定番の「呪いの源泉」となる場所に行って、その「呪いの主」に打ち勝つっていう流れも、コレまたド定番です。これが『ドッペルゲンガー』の共同脚本家が作った話だなんてちょっと信じられないっていうぐらいのベタなストーリー。やっぱり、あの時は黒沢清の力が大きかったんだな、と思ってしまうのは致し方のないところでしょう。

上でリンクした以前のエントリーを読んでもらえれば分かるんだけど、僕の思うホラー映画の大事な要素って、派手な死に方とかじゃ全然なくて、巻き込まれた主人公がある時点からは俄然、能動的に闘うっていうところで、つまり、いちいちビビったりしない。これが大事。で、何で大事かっていうと、たぶんそれによって主人公も人間ならざるモノになっていくからです。いちいち仲間と励まし合って、力を合わせて困難を乗り切るとか、そんなん何もワクワクしない。だってそれって詰まるところ、友情は何より尊いみたいなことしか言ってない訳で、いくらなんだってホラーでそんなことを学ぼうとする人はいないでしょう。そういうのは『Dear Friends』とかに任せておけば良くって、ホラー映画っつうのは、如何に人間は不条理に死んでしまうかとか、人間ならざるモノを倒すにはこっちも人間ならざるモノにならなければならないとか、そういった宿命とか覚悟とかだと思うんですよ。『ドッペルゲンガー』の二人の役所広司が融合していくのとか、あるいは『サイレントヒル』の主人公の女が最後、現実とは異なる世界の存在になっちゃってるとかまさにそうだと思うんだけど、古澤監督はその辺はあまり気にしてないようで何とも残念でした。

新たな切り口を模索するとか言って、結局いつもと同じこと言ってる‥‥。なんか、不毛な感じ‥‥。



予告。↓




ラベル:邦画 ホラー
posted by ケニー at 06:57| Comment(0) | TrackBack(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月20日

長江哀歌。

ジャ・ジャンクー 『長江哀歌(エレジー)』(2006) ☆8.8

『青の稲妻』や『世界』など国際的な評価も高い新進気鋭の中国人監督ジャ・ジャンクーの最新作。ちょっと聞いた話では、本作は中国のダム工事のドキュメンタリーを撮っている時にこの物語を思いつき、三日で脚本を書き上げて一気に撮影したらしいんだけど、それにしては非常に重厚で繊細な出来にびっくりだった。ほんのちょっとした細部までしっかり神経が行き届いてるっていう感じで、改めてジャ・ジャンクーのスゴさを垣間見た思い。という訳で、あらすじ。↓

2009年に完成を予定している一大プロジェクト、長江の三峡ダム建設。その建設に伴い、近隣の街の住民は当局から立ち退きを余儀なくされ、無人と化した村や街はダムの中へと沈んでいく。舞台となる奉節もそのようにしてダムの底に沈んだ街の一つ。山西省からやってきた炭鉱夫ハン・サンミン(本人)は16年前に別れた妻子を捜して、その今は沈んでしまった街にやってくる。安宿に泊まりながら、サンミンはかつての住民たちに妻子の居所を尋ねて回るが、なかなか出会うことが出来ない。一方、サンミンと同じくこれまた山西省から、2年間音信不通で帰ってこない夫を訪ねて奉節へとやってくる女、シェン・ホン(チャオ・タオ)。彼女もまた夫の仕事仲間に協力してもらいながら、夫の居所を突き止めようと奔走するが‥‥。

choko_01.jpg本作で唸ったのが、サンミンとシェン・ホンは別に何かの因果で結ばれてる二人という訳ではなく、全く関係がないというところ。だから、あらすじを読むといかにもこの二人が偶然そこで出会って云々‥‥っていうことになりそうだけど、二人は最後まで出会ったりはしなくて個別の物語が平行して進んでいく。でも明らかに二人は似た者同士というかシンクロしてるような存在でもあって、その在り方がスゴく不思議です。まさに長江のいくつもの傍流の中の二つの流れ、というか。二人はそれぞれ互いの求める人間に出会うことになるけれど、結局関係は修復されないまま終わっていく。それは何ていうか悲しいっていうよりも、自ずと次の場所に移りゆくような無常観というか、そういうスケール感がある。

ジャ・ジャンクーの映画っていうのは本作や前作の『世界』とかも顕著だと思うんだけど、全体になんか良く分からん異様なスケール感がある。それは中国大陸のデカさとかとも関係あるのかもしれないんだけど、大河の流れとか荒涼とした岩山とかの大自然なスケールとはちょっと違うような感じ。もっと非常に人工的なスケール感。『世界』の世界を模したミニアチュアとか、本作の崩れ落ちるビルの合成や背後でロケットのように飛んでいく建造物とか、チープだけどとにかく圧倒的にデカイ、ドバイのようなイメージ。でも、そこに出てくる人間たちはホントに卑小なフツーの人たちで、その対照性がこのジャ・ジャンクーならではの異様な雰囲気を形作ってるような気がする。ドキュメンタリーのようでもあり、完全なるフィクションでもあるような感じとでも言えばいいか。だから、観てて非常にスリリングなんですよね。何が起こっても良いし、何が起こらなくても良いっていうドキドキ感。中盤、シェン・ホンが錆びた錠前をハンマーで壊す一連のカットとかホントにドキドキしました。あそこはめっちゃカッコイイ。そして、ラストカットに震えた。



予告。↓



posted by ケニー at 19:03| Comment(2) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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