2008年09月19日

SAD VACATION。

青山真治 『サッド ヴァケイション』(2007) ☆7.0

青山真治監督の『Helpless』、『ユリイカ』に続く「北九州サーガ」最新作。本キャストも前二作と変わりなく、主人公の白石健次役に浅野忠信、その友人・秋彦に斉藤陽一郎、そのいとこの田村梢に宮崎あおい、といった感じ。まあ、青山作品にはおなじみのメンツですね。僕は青山監督の作品ではデビュー作である『Helpless』が一番好きなんですが(ちなみに二番は『月の砂漠』)、それ故に期待して観たんだけどちょっと微妙だったなー。まあ、とりあえず、簡単にあらすじをば。↓

かつて友人のヤクザ・安男と起こした事件から10年後(ぐらいかな?たぶん)、健次は安男の妹ユリ(辻香緒里)とともに、汚い仕事に手を染めながらも何とか生き延びている。ある日、中国からの密航者を手引きする中、父親が死んで独り身になった中国人の男の子を引き取り、ユリと三人で暮らし始める。しかし、それが発端で仕事仲間であった川島(豊原功補)がチャイニーズ・マフィアに殺される。健次は辛うじて生き残り、居を移して代行の運転手を始めるが、客を送って行った先の運送屋でかつて自分と親父を捨てて失踪した母親・千代子(石田えり)を目撃してしまう。母親をどうしても許せない健次は、復讐の念を胸に千代子と対面を果たすが、当の千代子は大して悪びれる様子もなくうちの運送屋を手伝ってほしいと健次に頼む。そこでは主人の間宮繁輝(中村嘉葎雄)の人の良さもあって社会から弾き出されたような人間たちが多く働いており、健次もまたそんな中に行き場を失ったものの一人として身を置くこととなるのだった‥‥。

sad-01.jpg前二作から続いているのもあって物語の設定が複雑なんで簡単にまとめてしまいましたが、まあ、こんな感じです。ちなみにあおいちゃんは『ユリイカ』からの出向で、家出をして行き着いた先が間宮運送で、そのまま働かせてもらうっていう流れです。で、冒頭に書いたんだけど僕は『Helpless』が一番好きでして、中でもやっぱり浅野忠信演じる健次が滅法カッコいいっていうのがあるんですけど、あの時の健次に比べるとですね、今作の健次はショボすぎる。僕の中では「健次」っていう人間は、男気があって人間的に優しいヤツとかじゃ全然なくて、完全にぶっ壊れた非人間的な男だと思っててだからこそ良かったんですよ。ユリや中国人の男の子などの面倒をみたり、偶然出会ったホステスを本気で愛したりっていうような情に厚い態度を示すものの、本当の核の部分ではコイツは何にも感じてない無感情な人間でそれらは全部気まぐれなんだ、って僕は今作の冒頭までは思ってたんだけど、自分を捨てた母親・千代子に説得されて運送屋で働くことになった辺りから、僕の中の「健次」像は音を立てて崩壊していった。

大体、自分を捨てた母親に恨み言を言いにいくようなことさえ僕の中の健次的にはダメダメなのに、ましてやそこで一緒に働くなんてあり得ない。まあ、単に僕が健次の人間像を計り間違えてたといえばそれまでなんだけど、でも青山監督も健次はそもそもそういう人間だとして描いてるように見えるんだけどな。オダギリジョーに「健次さん、なんか怖いすよ」って言わせるとことか。だから千代子に対してなんか今までの不満をぶつけるとか、好きになったホステスに「オレ、昔、人を殺したんだ‥‥」って告白しちゃうところとか、なんでそんなん言っちゃうかな〜って思った。それじゃフツーに罪に苛まれてるマザコンの人殺しでしかないし、犯罪心理学にでも当てはめたら一発で類型化できちゃいそうな感じじゃないすか。僕的に今作は「健次」がどんどん何かショボイもの(血縁とか自責の念とか母親とか)に包摂されていく絶望的な物語なのだと感じました。割と爽やかなイメージで宣伝されてたからこんな煮え切らなくて嫌な気分になる話とは思わなかった。ラストの千代子と面会する健次の姿とか、もう僕のイメージしてた「健次」はそこには見る影もない。あの後、絶対牢屋で首を吊るでしょ。あれは。なんか、気が滅入ったなあ‥‥。

あ、あと、写真↑のオダギリジョーがあおいちゃんに膝枕してもらってるカットは笑った。ツッパってたクセに最後はそれか‥‥。総じて男ショボすぎる。



予告。↓







ラベル:邦画
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2008年09月15日

CURSED。

ウェス・クレイヴン 『ウェス・クレイヴン's カースド』(2005) ☆8.5

久々の更新は『スクリーム』シリーズでおなじみ、ウェス・クレイヴン監督によるモンスター・パニック・ホラーです。主演は、ロリ巨乳体型がどことなくフリークスっぽくて可愛らしいクリスティーナ・リッチ。でも噂によると彼女、その自身の体型が気に入らなくて減乳手術をしたとか、しないとか。な、なんて、もったいないことを‥‥。と嘆きつつ、一先ずハリウッド・ゴシップは置いといて、あらすじ。↓

満月の夜、L.A.のテレビ局で働くエリー(クリスティーナ・リッチ)は二人暮らしの弟ジミー(ジェシー・アイゼンバーグ)を助手席に乗せて帰宅途中、不意に飛び出してきた獣を避けて対向車と衝突し、事故ってしまう。幸い二人は怪我もなく無事だったが、対向車はマルホランド・ドライブの崖下に転落。相手のドライバーを助けようとエリーらは急いで下に降りていき、裏返った車体からその女性を救出しようと引っ張るものの、ひしゃげた車体に挟まれた足がなかなか抜けない。ジミーの尽力によって何とか女性は運転席から解放され、これで助かった‥‥と、思った矢先、グワシャン!と車体の反対側のウィンドウがぶち破られ、獣じみた何者かがガバッ!と女性ドライバーをひっ捕まえ、一瞬のうちに彼女は暗い森へと引きずり込まれる‥‥。エリーとジミーは女性を救おうとした際に傷を負い、呆然としたまま警察に事情を説明。唯一、その何者かの姿を目撃していたジミー曰くそれは「バカでかいオオカミのようだった‥‥」と‥‥。

cursed1.jpg(*以下、ネタバレ注意)タイトルになっている「CURSED」は「呪い」とか「祟り」とかそういう意味らしくて、エリーとジミーの二人はそのタイトルよろしく、とある呪いを被ってしまう。で、さくっとネタバレしますが、襲ってきた獣っていうのはまさしくジミーが証言してた通りのオオカミ、というか実のところオオカミ人間で、そいつに受けた傷によって二人もオオカミ人間になってしまうのです。で、元の人間に戻るにはその元凶となった獣を殺さないといけないっていうことで物語は進行していきます。この設定とかかなりトンデモB級な感じでスゴく良いんだけど、残念なのはオオカミ人間って言っても二人は最後までオオカミ化することなく、そのオオカミ化する手前のとこまでしかいかなくて、それがもったいない。早々に獣に変身して獣同士の殺し合いを期待したんだけど、それがなかったのがちょっと残念。

とはいえ、オオカミの呪いにかかると肉食になって力が強くなるのは当然として、なぜか性的魅力が増すという設定があって、コレがなんか良く分からんけどバカっぽくてイイ。弟のジミーはオタクのイジメられっ子なんだけど、オオカミの呪いによってイジメてた奴らを見返して、逆にその相手の彼女を奪ってしまうとか、呪い解かなくて良いんじゃない?って感じなくもない。本作は以前紹介した『ゴースト・ライダー』のようにメインの闘いの部分よりも、基本的に関係ない描写が非常に笑えて、特に秀逸過ぎて唸ったのが、すでに呪いにかかっているエリーが会社での仕事中、「あれ、なんか良い匂いする‥‥」って言って鼻をクンクンしながらふらふらとオフィス内を歩いていって、給湯室みたいなところに入るんですよ。そしたら同僚の女性がこちらに背を向けて立ってて、エリーが入ってきたのに気づいたのか振り返るんだけど、見ると単にティッシュで鼻血を止めてただけでエリーはその血の匂いに反応してたっていうw。いちいちサスペンスっぽく撮っておいて、しょうもなーw。女の方も「あ、ちょっと鼻血出ちゃって‥‥ごめん‥‥」とか言ってるし、ヤバかったよ。ウェス・クレイヴンは基本こういう「笑い」を忘れないところが非常にナイスです。リスペクト。



予告。↓

ラベル:ホラー 洋画
posted by ケニー at 04:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月07日

ZODIAC。

デヴィッド・フィンチャー 『ゾディアック』(2006) ☆6.0

『セブン』、『ファイト・クラブ』のデヴィッド・フィンチャー監督による実在の殺人事件の映画化。「ゾディアック」とは1968年にアメリカで起きた連続殺人事件の犯人がその声明文の中で名乗った名前で、71年に公開された『ダーティーハリー』の犯人スコルピオのモデルにもなっている。事件は未だに解決されておらず真犯人は捕まっていないらしい。以下、簡単にあらすじを。↓

1969年7月4日の深夜、カリフォルニアでドライブ中だったカップルが銃撃されて殺される。通報してきた男は「自分がやった」と言い残し、そのまま所在をくらました。そして一ヶ月後、サンフランシスコのクロニクル紙やその他の新聞社に、「ゾディアック」と名乗る人物から7月の事件を含めた2件の殺人は自分がやったという内容の声明文が届く。手紙には同封した暗号文を新聞に掲載しなければ殺人をくり返すとあり、各新聞は要求を飲むことに。しかし、それ以後も犯行は重ねられ、無能な警察をあざ笑うかのような手紙がその度に届くのだった。そんな中、クロニクル紙に勤める漫画家のグレイスミス(ジェイク・ギレンホール)はその事件の真相にとり憑かれ、一人で黙々と情報を洗い続ける。しかし、有力な容疑者を突き止めたは良いものの状況証拠ばかりで立件することは叶わず、事件はどんどん風化していくのだった‥‥。

一応何人かのメインキャストをさらっておくと、ギレンホールの同僚の記者ポール・エイブリーにロバート・ダウニー・Jr.で、ゾディアックを何年にも渡って追いかけるトースキー刑事役にマーク・ラファロ、ギレンホールの再婚相手メラニーがクロエ・セヴィニーといった面々です。

今作は結構期待してたんだけど、なんか非常に中途半端な印象を受けました。どの辺が見せ場なんだろう?っていうか、結構淡々と事件の経過を見させられているような感じだった。僕は実際の「ゾディアック事件」についてあんまり詳しくないからアレなんだけど、この映画には何か新たな視点の提示とかあったんですかね?なんとなく、ただかつて世間を賑わした事件の諸々を映画化しただけのような気がして、正直ちょっとつまんなかったなー。一漫画家のギレンホールが事件にのめり込んでいくのもいまいちピンと来ないし、真犯人を追う刑事の苦悩もあんまり伝わってこない。そういった展開とかも含めてかつてあった実録モノ(『ブラック・ダリア』とか『サマー・オブ・サム』とか『JFK』とか)で見たような光景ばかりだし、なんでわざわざコレ作ったんだろう?って思った。やたら長いし。

ノンフィクションで原作ありきだからやりづらいのかもしれないけど、僕が思うに冒頭あるいは中盤から「ゾディアック」のルックスをがっつり出すべきだと思うんだよね。つまり「姿なき殺人者」みたいな人物にして「コイツか?それとも、コイツか?」っていうような犯人探しミステリー仕立てにするんじゃなくて、最初から犯人の顔を出して描いちゃう方が生々しいし、リアルに怖い気がする。犯人側からの視点というか。そういう想像力がないと結局犯人が捕まらないのもみんな知ってる訳だし、映画化する意味がないような気がする。久々にクロエ・セヴィニーが観れたのは個人的には嬉しかったけどさ‥‥。



予告。↓

posted by ケニー at 06:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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