『青の稲妻』や『世界』など国際的な評価も高い新進気鋭の中国人監督ジャ・ジャンクーの最新作。ちょっと聞いた話では、本作は中国のダム工事のドキュメンタリーを撮っている時にこの物語を思いつき、三日で脚本を書き上げて一気に撮影したらしいんだけど、それにしては非常に重厚で繊細な出来にびっくりだった。ほんのちょっとした細部までしっかり神経が行き届いてるっていう感じで、改めてジャ・ジャンクーのスゴさを垣間見た思い。という訳で、あらすじ。↓
2009年に完成を予定している一大プロジェクト、長江の三峡ダム建設。その建設に伴い、近隣の街の住民は当局から立ち退きを余儀なくされ、無人と化した村や街はダムの中へと沈んでいく。舞台となる奉節もそのようにしてダムの底に沈んだ街の一つ。山西省からやってきた炭鉱夫ハン・サンミン(本人)は16年前に別れた妻子を捜して、その今は沈んでしまった街にやってくる。安宿に泊まりながら、サンミンはかつての住民たちに妻子の居所を尋ねて回るが、なかなか出会うことが出来ない。一方、サンミンと同じくこれまた山西省から、2年間音信不通で帰ってこない夫を訪ねて奉節へとやってくる女、シェン・ホン(チャオ・タオ)。彼女もまた夫の仕事仲間に協力してもらいながら、夫の居所を突き止めようと奔走するが‥‥。
本作で唸ったのが、サンミンとシェン・ホンは別に何かの因果で結ばれてる二人という訳ではなく、全く関係がないというところ。だから、あらすじを読むといかにもこの二人が偶然そこで出会って云々‥‥っていうことになりそうだけど、二人は最後まで出会ったりはしなくて個別の物語が平行して進んでいく。でも明らかに二人は似た者同士というかシンクロしてるような存在でもあって、その在り方がスゴく不思議です。まさに長江のいくつもの傍流の中の二つの流れ、というか。二人はそれぞれ互いの求める人間に出会うことになるけれど、結局関係は修復されないまま終わっていく。それは何ていうか悲しいっていうよりも、自ずと次の場所に移りゆくような無常観というか、そういうスケール感がある。ジャ・ジャンクーの映画っていうのは本作や前作の『世界』とかも顕著だと思うんだけど、全体になんか良く分からん異様なスケール感がある。それは中国大陸のデカさとかとも関係あるのかもしれないんだけど、大河の流れとか荒涼とした岩山とかの大自然なスケールとはちょっと違うような感じ。もっと非常に人工的なスケール感。『世界』の世界を模したミニアチュアとか、本作の崩れ落ちるビルの合成や背後でロケットのように飛んでいく建造物とか、チープだけどとにかく圧倒的にデカイ、ドバイのようなイメージ。でも、そこに出てくる人間たちはホントに卑小なフツーの人たちで、その対照性がこのジャ・ジャンクーならではの異様な雰囲気を形作ってるような気がする。ドキュメンタリーのようでもあり、完全なるフィクションでもあるような感じとでも言えばいいか。だから、観てて非常にスリリングなんですよね。何が起こっても良いし、何が起こらなくても良いっていうドキドキ感。中盤、シェン・ホンが錆びた錠前をハンマーで壊す一連のカットとかホントにドキドキしました。あそこはめっちゃカッコイイ。そして、ラストカットに震えた。
予告。↓
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風景もそうだけど、なんか無常観というか、天から蟻のような人の哀しみを観察しつつ、ぐっと寄って息遣いも伝えるような、そんなスケール感がありますね。
そういう対象との距離感とか不思議ですよね。
ものスゴい切ない雰囲気なんだけど、その後ろでビルが飛んでいったりすると一転、ちょっと笑えてしまうっていう。