2008年02月15日

DARWIN'S。

フーベルト・ザウバー 『ダーウィンの悪夢』(2004) ★9.2

ちょっと前にかなり話題になっていた、タンザニアのヴィクトリア湖を中心とした周辺地域のショッキングな現状を描いたドキュメンタリー作品。内容を説明すると、アフリカのタンザニア西部に位置するヴィクトリア湖という巨大な湖に、ある日ナイル・パーチという肉食の外来魚が放流されたことで在来種が激減し、湖は巨大でグロテスクなナイル・パーチだらけになってしまうんだけど、しかしその大量に穫れるナイル・パーチの肉をヨーロッパ各国に輸出することでタンザニアの経済はかつて以上に発展を遂げる。でも、その一方では大きな格差が生じてて、地元の人間たちは悪夢のような貧困に喘いでいる。っていうのも、湖周辺の唯一の産業であるナイル・パーチは全てが輸出用に回される高価な魚なので、地元の人間にはとてもじゃないけど手が出せず、いくら大漁に穫れても一向に自分たちの食糧難は改善されなくて、安い賃金を受け取るだけ(←これでも職があるだけマシ)。中には廃棄されて蛆虫の湧いたナイル・パーチの残骸を掻き集め、飢えを凌ぐ人々(ある女性は魚肉の腐敗によって出るガスの影響で片目を失ったと語る)とか、一日2便やってくる輸送機のパイロット相手に10ドルで売春する女性たちとか、路上で物乞いする何人ものストリート・チルドレンなどが街には溢れ、辺りはスラムと化していく。ある研究所の夜警をしている男なんかは「誰だって戦争を待ちわびてる」と語って、矢じりに毒を塗った弓矢を持ち、毎晩暗闇に目を光らせているし、湖岸では子供たちがナイル・パーチを梱包するための発泡スチロールの残骸を燃やして、そこから出るガスを吸引してラリっているし(その傍らには何匹もの犬の死骸が転がっている)、エイズでは月に10〜15人という数の人間が死んでいくし、こんな場所が現実に存在しているっていうことに否が応でも戦慄を憶える。
そして、それとはまた別に僕がショックを受けたのは、それらを取り巻く冷徹なまでの資本の論理で、ナイル・パーチを運ぶ為にロシアからやってくる輸送機には、どうやら武器が満載され、密輸入されているらしく(関係者はその事実を否認)、それがまたアフリカ全土の紛争地帯に送られて、その後空になった機内に今度は魚が積み込まれてヨーロッパやアジア(日本も含まれる)などに輸出されるっていう経済効率の良さとそれ以外はどうでもいいっていう心なさ。これにはもうなんて言っていいかすら分からなくなる。
映画のラストで、歯切れの悪い調子でたどたどしく上のような密輸入の現状を語った輸送機のパイロットが最後に語る、「俺は世界の子供たちの幸福を願っている。でも、どうしたらいいんだ‥‥」っていう言葉にはきっと嘘はなくて、そこには深い諦念や長年苛まれてきたであろう葛藤や自分には何も出来ないっていう絶対的な無力感やらが色濃く刻み込まれていて、僕は本当にどうしようもない、どうにもならない現実っていうのは存在するんだなと思いました。これは「諦めたらダメだ!」とか「みんなが努力すれば平和は訪れる」とかそういう理念とは全然関係ない、もっと根本の部分から決定的に何かが間違ってしまったっていう、そういうことなんだろうと思う。



予告。↓

posted by ケニー at 00:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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