2008年03月15日

TSOTSI。

ギャビン・フッド 『ツォツィ』(2005) ★8.9

2005年のアカデミー外国語映画賞を受賞した、南アフリカのスラム街で暮らす青年ツォツィの成長を描いたドラマ。ヨハネスブルグの旧黒人移住区ソウェトのスラム街で、「不良」を意味する「ツォツィ」と名乗る青年は、いつも数人の仲間と街をうろついては金を持ってそうなヤツを襲い、それで生計を立ててるストリート・ギャング。でも、そのやり過ぎな手口に嫌気の差した仲間の一人とツォツィは喧嘩になり、そいつをしこたまぶん殴ってムシャクシャしたそのままの気分で一人、ある女性の車を強奪するんだけど、不意に後部座席から赤ん坊の泣き声が聞こえてきて、ツォツィは焦って車をぶつけてしまう。急いで金品だけ取って逃げようとするんだけど、なぜだか放っておけないという思いに駆られ、ツォツィは赤ん坊を抱き上げて自分のアパートへ連れて帰る。
要約しちゃうと、不良少年が赤ん坊と暮らすことで人間味を取り戻していくっていうだけの話なんだけど、僕はもうなんかメチャクチャ泣けました。赤ん坊の世話に手を焼いて、近所の同い年ぐらいの赤ん坊がいる女を脅してお乳をあげるよう言うシーンがあるんだけど、そこで「この子なんていう名前なの?」って聞かれて、ツォツィは自分の本名である「デヴィッド」と応えるんだけど、つまり赤ん坊はツォツィにとって、かつての汚れを知らない頃の自分な訳です。だから放っておけない。でも、そういった対象が目の前にあるからこそ「じゃあ、何で今の自分はこんな風なんだ」っていう苛立ちが強まっていく。劇中で、手作りのボロボロの車椅子に乗ってる浮浪者のジイさんが出てくるんだけど、ツォツィはそのジイさんの後を付いていって、人気のない場所で銃を突き付ける。ジイさんは当然お金が欲しいんだと思って「これを持ってけ」って缶に入った小銭をツォツィに示すんだけど、ツォツィはそれには目もくれずジイさんに「何でそんな犬みたいになってまで、生き続けようと思うんだ?」って尋ねるんですね、銃を突きつけながら。このシーンがすごくいい。地を這うように生きている無学な不良の言葉にならないモヤモヤとした焦燥感とか苛立ちとか不安とかが、一つ一つの動作に滲み出ていてグッとくる。今のやり方が間違ってるのは分かってるんだけど、でも他の方法が分からなくて、とりあえず目の前の人間に銃を突きつけることしか出来ないっていう。ううー、泣ける。



予告。↓

posted by ケニー at 02:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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