2008年05月14日

CBS。

ジョージ・クルーニー 『グッドナイト&グッドラック』(2005) ☆8.7

ジョージ・クルーニーの監督第二作目はCBSの名キャスター、エドワード・マローを描いたノンフィクション。1953年、アメリカとソ連の冷戦状況が激化する中、米国内ではマッカーシー上院議員の主導の下に執拗なまでの「赤狩り」が推進されていて、共産主義の疑惑をかけられた人間たちは次々に職を奪われ、社会的に排除させられていく。そういった状況下で、CBSの報道番組を担当するエドワード・マローとそのスタッフたちは建国以来アメリカが掲げてきた「自由」を守る為に、政府の圧力に屈することなくマッカーシーのやり方を公然と批判することを選択する。「グッドナイト&グッドラック」っていうタイトルはマローが毎回番組終わりに言うセリフから。
アメリカや他の欧米の国々では、やっぱり「人権」っていう意識が非常に強く、重要なものとしてあって、そこは日本人の意識とはかなり違うと思う。「自由」な国アメリカでは、いくら金を稼いでもいいし、いくら女遊びをしてもいいし、いくら酒に溺れてもいいんだけど、「人権侵害」だけは絶対に許容できないっていうような意識がありありと感じられる。政治を担う上でのダンディズムというか。それは単に弱者を守るとかそういうことではなくて、どんな主張があってどんな行動をとりたくても常にそれは憲法に基づいて進められなくちゃならないっていう法治国家の当然のあり方を言ってるんだと思われ、つまりそれがアメリカの掲げる「自由」の根幹なんだと思います。むこうでは有名な俳優とかが政治的な立場を明らかにして政府の批判をすることもしょっちゅうあるし、むしろそれがメディアに携わる人間の義務であるような感じがあって、それはビジネス的には不利になるかもしれないんだけど、それ以上に言うべきことを言うっていうその姿勢に僕は憧れるし、とても感銘を受けます(最近も女優のミア・ファローがダルフールの虐殺の問題で中国を批判したり、ジョージ・クルーニーもこの問題に対して英国の首相を訪れて解決の協力を求めたりしています)。日本では政治を語るっていうことがいつからか(70年代に入ったぐらいから?)ホントにしょうもないことになってしまったようで、上記のような意識はほとんど醸成されてないような気がする。もはやどうにもならないっていうか、そんなこと語ったところで何にも変わんないし、みたいな。そういえばキムタクの新ドラマの第一回をちょっと観たんだけど、日本の政治意識の現状がすごくよく理解できた。大の大人が「政治」をテーマにアレを作るんだからしょうがないんだろうな。



予告。↓


posted by ケニー at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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