2008年11月16日

in グラインドハウス、その1。

ロバート・ロドリゲス 『プラネット・テラー in グラインドハウス』(2007) ☆7.9

かつて60年代〜80年代にかけてアメリカで流行した、B級映画を2本立て3本立てで上映する場末の映画館の総称がいわゆる「グラインドハウス」。そこでは低予算のアクション映画や血みどろのスプラッター、革ジャンにバイクのスラッシャー・ムービーやセクシーなお姉ちゃんたちの裸ばっかりのモンド・ムービーやら、そういう下世話極まりない作品がひしめいていてそういった映画ばかり観て育ったクエンティン・タランティーノとロバート・ロドリゲスが現代にその精神を復活させようとして作ったのが、本作の『プラネット・テラー』とタランティーノの『デス・プルーフ』。

という訳で、とりあえず『プラネット・テラー』のあらすじから。↓

planet-01.jpg舞台はテキサスの田舎町。普段なら大した事件や事故も起こらないようなのんびりした町なのだが、その日は異様に救急患者が多く、町の病院はその対応に追われていた。患者の多くは何らかのウィルスに感染した模様で、皮膚が膿んでただれたような症状を呈し、刻一刻とその症状は体全体を蝕んでいく。一方で、ゴーゴーダンサー(ストリッパーのようなセクシーなダンサーのこと)に嫌気が差して店を後にしたチェリー(ローズ・マッゴーワン)は、突如、暴漢と化したかのように狂った住民連中に襲われ、右足を負傷してしまう。かつての恋人レイ(フレディ・ロドリゲス)に付き添われ、町の病院に運び込まれたチェリーは右足の切断を余儀なくされ、ショックを受ける。が、しかし、そうこうしてるうちに病院内の患者たちも症状の進行とともにケロイド状の狂人へと変化していき、病院を含めた町全体を巻き込んで「ゾンビ」な展開が幕を開けるのだった‥‥。

(一応、ネタバレ注意)あらすじの最後の方でつい書いてしまいましたが、つまりこれはロドリゲス版の『ゾンビ』で、わらわらと襲いかかってくるケロイドゾンビたちを撃退しつつ逃げるというお決まりの展開です。僕の印象だとロバート・ロドリゲスはキャラクターのビジュアルとかアメコミ調でカッコいいんだけど(『シン・シティ』もそういう意味では割と好き)、いかんせん絵作りがヘタというかあんまりセンスがない。今作でもチェリーに義足代わりのマシンガンを装着させるとか拳銃のように発射できる注射器とかそういう所はキッチュでナイスだけど、それ以外の部分ではいまいちノレない。ロメロとかロジャー・コーマンとか「グラインドハウス」な映画がタランティーノに負けないぐらい好きなんだろうなっていうのはスゴく伝わってくるものの、やっぱりこれはパロディとかオマージュとかの域を出ていない気がするんだなー。

一番気になったのが、中盤でフィルムが燃えたか切れたかするっていうアクシデントが挿入されて「一巻、紛失しました。申し訳ありません」みたいなテロップが出て、その後の展開がすっ飛ばされてしまうところ。かつての場末の劇場ではフィルムが焼けるとか紛失するとかそういうことがあったっていうのは映画の文化史的な本を読めばよく書いてあるけど、それを律儀に再現するっていうのはどうなんだろう?結局それってそういう「ジャンクなクズ映画」っていうジャンルが好きなだけで映画的な面白さとは全然違うような。なんていうか、これはロドリゲスの抱く映画愛が余り良くない方に作用してしまった感じで、ちょっと「う〜ん」って思いました。まあ、でも本人はコレがやりたかったんだろうから、しょうがないかー。



予告。↓


posted by ケニー at 05:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月09日

夜顔。

マノエル・デ・オリヴェイラ 『夜顔』(2006) ☆7.8

現役最高齢でポルトガルの巨匠監督、マノエル・デ・オリヴェイラのアダルトでエレガンスな小品です。原案はルイス・ブニュエルの『昼顔』(未見)から採られていて、本作はその38年後を描いたオマージュ的な作品。主役のアンリ・ユッソン役にすっかりお爺ちゃんな感じのミシェル・ピッコリ、ヒロインのセヴリーヌ・セルジー役にビュル・オジェ。実はオリヴェイラ作品初めて観たんですが、イメージしてた感じに割と近い、上品で静的な映画でした。以下、あらすじ。↓

パリのクラシックのコンサート会場で、アンリは客席に知った顔を見つける。終演後、その彼女セヴリーヌに声を掛けようとするも、近づく彼に気づいたセヴリーヌは逃げるようにして会場を後にしてしまう。会場を出てとぼとぼと夜道を歩いていると、ある一軒のバーから出てきて車で走り去る彼女を再び目撃し、そのバーのバーテンに彼女の泊まっているホテルの名を聞くアンリ。翌日、そのホテルへと赴くが惜しいところで逃げられ、再び彼女は行方知れずになるが、偶然にもパリの路上でバッタリと出くわし、なんとかディナーの約束を取り付けてテーブル越しに向かい合う二人。かつての思い出の品などをプレゼントしようとするアンリに対して、「私はもう、あの頃の私じゃないの」とセヴリーヌは冷たく拒絶。自ずと話は38年前の過去の真相へと移っていき‥‥。

yorugao-01.jpg『昼顔』を観てないので詳しくは分からないんだけど、どうやら二人はかつて不倫の関係にあったらしい。セヴリーヌには夫がいたんだけどマゾヒスティックで倒錯的な欲望を持った若かりし頃の彼女は「夫への愛」ゆえに夫の友人であるアンリと関係を持ってしまったという、そういう過去があって、アンリは未だにその時の情熱を捨て切れていない様子。でも、セヴリーヌからしたらその過去は呪縛のようなモノで、ディナーを承諾したのもずっと気がかりだった事柄、「アンリが夫に喋ったのかどうか」を訊くためにレストランへとやってきた。彼女は、今や亡き夫がかつて自分の前で見せた一筋の涙の意味がどうしても知りたいとアンリに食い下がるんだけど、この「涙の意味」っていうフレーズがロマンチックでイイなと、ぼんやり思った。

以前紹介した『アウェイ・フロム・ハー』とか初老の男性が淡い恋心を抱く映画に僕は結構弱い気がするんだけれど、でも本作は70分という短さ故かすごく良く出来た短編映画っていう感じでなんだかちょっと物足りない。これはもしかしたら『昼顔』を観ていたなら全然違って見えるのかもしれないけど、本作だけ観ると「いやいや、ここからでしょ〜」っていうところで終わってしまい、ちょっと残念。蝋燭による光と影の演出とかスゴく奇麗だけど、フランス映画ではよくある風景な感じもちょっとしました。惜しい。でも、ミシェル・ピッコリは可愛らしい。



予告。↓

Belle Toujours
ラベル:洋画
posted by ケニー at 05:40| Comment(0) | TrackBack(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月06日

クローズZERO。

三池崇史 『クローズZERO』(2007) ☆8.1

ご無沙汰です。ちょっと更新率落ちてますが、まあマイペースで。

今回は、続編の『U』が来年公開予定の、その前作である『クローズZERO』です。原作は高橋ヒロシの人気コミック。監督は『殺し屋1』や『着信アリ』などバイオレンス映画がお得意の三池崇史で、主人公の滝谷源治役に小栗旬、そのライバル・芹沢多摩雄に山田孝之、ヒロイン役に黒木メイサという感じです。とりあえず、簡単にあらすじを。↓

舞台は、最凶・最悪の不良たちが集まる悪名高きワルの巣窟、鈴蘭男子高等学校。地元のヤンキーたちは皆、未だ誰も成し得ずにいるその鈴蘭の頂点に君臨することを夢に見て、派閥間での抗争をくり返している。そんな中に転入してくるのが三年の滝谷源治で、ヤクザの組長である親父(岸谷五朗)を超える為に、親父の成し得なかった鈴蘭の頂点の座を獲ろうと息巻いている。しかし、ただ喧嘩が強いだけでは誰も付いてこず、一人ではどうにもならないことを知った源治は、ひょんなことから鈴蘭のOBで今やヤクザの下っ端である片桐拳(やべきょうすけ)と知り合い、どうすれば鈴蘭を纏められるのか教えを請うことに。ダメダメだけど憎めない兄貴分の拳とツルむ内に源治は徐々に仲間の大切さを知り、次第に源治の周りにも一緒に鈴蘭の頂点を目指そうとする仲間たちが集まっていく。そして、ついに鈴蘭の頂点に一番近いとされる男・芹沢多摩雄とのガチ抗争に発展して‥‥という感じ。

crows-01.jpg僕は一応、原作の初期の方だけ読んでてけっこう燃えたんですが、なんと言っても原作がカッチョイイのはその不良たちのルックスにある。それ以前の『ビー・バップ・ハイスクール』とかの不良マンガのようなリーゼントに短ランや長ランとかじゃなくて、『クローズ』の不良たちは基本テイストがパンク・スタイルなんですよね。グラサンして黒いTシャツ着て、ゴツいアクセサリー付けててトゲトゲのリストバンドしてるみたいな。日本の不良高校生にこんな奴らいないだろっていう感じなんだけど、でもそこがスタイリッシュでカッコいい。それで考えると映画の方はちょっとそのスタイリッシュなワルさみたいなのがあんまりないのが残念といえば残念でした。唯一そのテイストを維持してて、やたらカッコいいのは主演の小栗旬だけかな。小栗旬はあんまり良いイメージなかったんだけど、本作を観て悔しいかな「コイツ、カッコいいじゃないか」と思わされました。小栗ファンでワルい男が好きな女子はイチコロでしょう、コレは。

三池の暴力シーンの演出とか下らなくて笑えるエピソードとか流石にそれなり良いんだけど、やっぱり本作の魅力は小栗旬に尽きるなー。ルックスもカッコいいんだけど、喧嘩のシーンとかに見せる身体の動きがなんか非常にリアル。回し蹴りの角度とか殴る時の身体のバランスとか、ちょっと褒め過ぎかも知んないけどブルース・リーをほんのり想起する。全身にバネが利いてるというかキレが鋭い感じ。指導の賜物なのか天性のモノなのかは分からないけど、カッコいいです。『アポカリプト』の主人公みたい。

でも、全体のバイオレンス度はイマイチ。まだ観てないんだけど『青い春』辺りと見比べてみたら面白いかもなー。



予告。↓


posted by ケニー at 20:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。