2008年09月26日

落とし物。

古澤健 『オトシモノ』(2006) ☆5.7

黒沢清の『大いなる幻影』や『回路』で演出助手を務めたり、あの傑作『ドッペルゲンガー』の共同脚本家として名を連ねてたりで、なんとなく名前だけは知っていた古澤健の監督作で、沢尻エリカ主演のジャパニーズ・ホラーです。共演に若槻千夏、小栗旬、杉本彩など。以前ジャパニーズ・ホラーは何でダメなのか?をちょっと書いたんですけど(→コレですね)、そのダメさがここでもすっかり見受けられて同じような批判になっちゃいそうでレビューを書くのがちょっと億劫なんですが、新たな切り口を模索しつつ、頑張ってみます。という訳で、あらすじ。↓

心臓を患って入院している母(浅田美代子)に代わって、小学生の妹・範子の面倒を見ながら学校に通う女子高生・奈々(沢尻エリカ)。母に心配を掛けまいと、妹と二人で普段通りの生活(母子家庭なのです)を送っていたが、ある日、一人で母の見舞いに行った妹が行方不明になってしまう。で、実はつい先日も妹の同級生の失踪事件が起きていて、両者に共通するのは駅で何者かの定期券を拾ったという事実だった。奈々は母親に事件を隠したまま一人で妹を捜すうちに、同じくオトシモノの呪いで友人を失った同級生の藤田香苗(若槻千夏)に出会う。香苗の友人・茂は「ヤエコに気をつけろ!」と香苗に向かって叫んだ直後、ホームに入ってきた電車に轢かれて死んだのだった。その忠告から奈々と香苗の二人は「ヤエコ」という名の女性の正体を掴もうと奔走するものの‥‥。

otosi-01.jpgんー‥‥なんかあらすじ上手くまとまんない‥‥。面目ない。簡単に言えば、オトシモノを拾った人たちが死んでいくっていう、まあ、極めてシンプルな話なのです。で、ジャパニーズ・ホラーでは定番の「呪いの源泉」となる場所に行って、その「呪いの主」に打ち勝つっていう流れも、コレまたド定番です。これが『ドッペルゲンガー』の共同脚本家が作った話だなんてちょっと信じられないっていうぐらいのベタなストーリー。やっぱり、あの時は黒沢清の力が大きかったんだな、と思ってしまうのは致し方のないところでしょう。

上でリンクした以前のエントリーを読んでもらえれば分かるんだけど、僕の思うホラー映画の大事な要素って、派手な死に方とかじゃ全然なくて、巻き込まれた主人公がある時点からは俄然、能動的に闘うっていうところで、つまり、いちいちビビったりしない。これが大事。で、何で大事かっていうと、たぶんそれによって主人公も人間ならざるモノになっていくからです。いちいち仲間と励まし合って、力を合わせて困難を乗り切るとか、そんなん何もワクワクしない。だってそれって詰まるところ、友情は何より尊いみたいなことしか言ってない訳で、いくらなんだってホラーでそんなことを学ぼうとする人はいないでしょう。そういうのは『Dear Friends』とかに任せておけば良くって、ホラー映画っつうのは、如何に人間は不条理に死んでしまうかとか、人間ならざるモノを倒すにはこっちも人間ならざるモノにならなければならないとか、そういった宿命とか覚悟とかだと思うんですよ。『ドッペルゲンガー』の二人の役所広司が融合していくのとか、あるいは『サイレントヒル』の主人公の女が最後、現実とは異なる世界の存在になっちゃってるとかまさにそうだと思うんだけど、古澤監督はその辺はあまり気にしてないようで何とも残念でした。

新たな切り口を模索するとか言って、結局いつもと同じこと言ってる‥‥。なんか、不毛な感じ‥‥。



予告。↓




タグ:邦画 ホラー
posted by ケニー at 06:57| Comment(0) | TrackBack(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月20日

長江哀歌。

ジャ・ジャンクー 『長江哀歌(エレジー)』(2006) ☆8.8

『青の稲妻』や『世界』など国際的な評価も高い新進気鋭の中国人監督ジャ・ジャンクーの最新作。ちょっと聞いた話では、本作は中国のダム工事のドキュメンタリーを撮っている時にこの物語を思いつき、三日で脚本を書き上げて一気に撮影したらしいんだけど、それにしては非常に重厚で繊細な出来にびっくりだった。ほんのちょっとした細部までしっかり神経が行き届いてるっていう感じで、改めてジャ・ジャンクーのスゴさを垣間見た思い。という訳で、あらすじ。↓

2009年に完成を予定している一大プロジェクト、長江の三峡ダム建設。その建設に伴い、近隣の街の住民は当局から立ち退きを余儀なくされ、無人と化した村や街はダムの中へと沈んでいく。舞台となる奉節もそのようにしてダムの底に沈んだ街の一つ。山西省からやってきた炭鉱夫ハン・サンミン(本人)は16年前に別れた妻子を捜して、その今は沈んでしまった街にやってくる。安宿に泊まりながら、サンミンはかつての住民たちに妻子の居所を尋ねて回るが、なかなか出会うことが出来ない。一方、サンミンと同じくこれまた山西省から、2年間音信不通で帰ってこない夫を訪ねて奉節へとやってくる女、シェン・ホン(チャオ・タオ)。彼女もまた夫の仕事仲間に協力してもらいながら、夫の居所を突き止めようと奔走するが‥‥。

choko_01.jpg本作で唸ったのが、サンミンとシェン・ホンは別に何かの因果で結ばれてる二人という訳ではなく、全く関係がないというところ。だから、あらすじを読むといかにもこの二人が偶然そこで出会って云々‥‥っていうことになりそうだけど、二人は最後まで出会ったりはしなくて個別の物語が平行して進んでいく。でも明らかに二人は似た者同士というかシンクロしてるような存在でもあって、その在り方がスゴく不思議です。まさに長江のいくつもの傍流の中の二つの流れ、というか。二人はそれぞれ互いの求める人間に出会うことになるけれど、結局関係は修復されないまま終わっていく。それは何ていうか悲しいっていうよりも、自ずと次の場所に移りゆくような無常観というか、そういうスケール感がある。

ジャ・ジャンクーの映画っていうのは本作や前作の『世界』とかも顕著だと思うんだけど、全体になんか良く分からん異様なスケール感がある。それは中国大陸のデカさとかとも関係あるのかもしれないんだけど、大河の流れとか荒涼とした岩山とかの大自然なスケールとはちょっと違うような感じ。もっと非常に人工的なスケール感。『世界』の世界を模したミニアチュアとか、本作の崩れ落ちるビルの合成や背後でロケットのように飛んでいく建造物とか、チープだけどとにかく圧倒的にデカイ、ドバイのようなイメージ。でも、そこに出てくる人間たちはホントに卑小なフツーの人たちで、その対照性がこのジャ・ジャンクーならではの異様な雰囲気を形作ってるような気がする。ドキュメンタリーのようでもあり、完全なるフィクションでもあるような感じとでも言えばいいか。だから、観てて非常にスリリングなんですよね。何が起こっても良いし、何が起こらなくても良いっていうドキドキ感。中盤、シェン・ホンが錆びた錠前をハンマーで壊す一連のカットとかホントにドキドキしました。あそこはめっちゃカッコイイ。そして、ラストカットに震えた。



予告。↓



posted by ケニー at 19:03| Comment(2) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月19日

SAD VACATION。

青山真治 『サッド ヴァケイション』(2007) ☆7.0

青山真治監督の『Helpless』、『ユリイカ』に続く「北九州サーガ」最新作。本キャストも前二作と変わりなく、主人公の白石健次役に浅野忠信、その友人・秋彦に斉藤陽一郎、そのいとこの田村梢に宮崎あおい、といった感じ。まあ、青山作品にはおなじみのメンツですね。僕は青山監督の作品ではデビュー作である『Helpless』が一番好きなんですが(ちなみに二番は『月の砂漠』)、それ故に期待して観たんだけどちょっと微妙だったなー。まあ、とりあえず、簡単にあらすじをば。↓

かつて友人のヤクザ・安男と起こした事件から10年後(ぐらいかな?たぶん)、健次は安男の妹ユリ(辻香緒里)とともに、汚い仕事に手を染めながらも何とか生き延びている。ある日、中国からの密航者を手引きする中、父親が死んで独り身になった中国人の男の子を引き取り、ユリと三人で暮らし始める。しかし、それが発端で仕事仲間であった川島(豊原功補)がチャイニーズ・マフィアに殺される。健次は辛うじて生き残り、居を移して代行の運転手を始めるが、客を送って行った先の運送屋でかつて自分と親父を捨てて失踪した母親・千代子(石田えり)を目撃してしまう。母親をどうしても許せない健次は、復讐の念を胸に千代子と対面を果たすが、当の千代子は大して悪びれる様子もなくうちの運送屋を手伝ってほしいと健次に頼む。そこでは主人の間宮繁輝(中村嘉葎雄)の人の良さもあって社会から弾き出されたような人間たちが多く働いており、健次もまたそんな中に行き場を失ったものの一人として身を置くこととなるのだった‥‥。

sad-01.jpg前二作から続いているのもあって物語の設定が複雑なんで簡単にまとめてしまいましたが、まあ、こんな感じです。ちなみにあおいちゃんは『ユリイカ』からの出向で、家出をして行き着いた先が間宮運送で、そのまま働かせてもらうっていう流れです。で、冒頭に書いたんだけど僕は『Helpless』が一番好きでして、中でもやっぱり浅野忠信演じる健次が滅法カッコいいっていうのがあるんですけど、あの時の健次に比べるとですね、今作の健次はショボすぎる。僕の中では「健次」っていう人間は、男気があって人間的に優しいヤツとかじゃ全然なくて、完全にぶっ壊れた非人間的な男だと思っててだからこそ良かったんですよ。ユリや中国人の男の子などの面倒をみたり、偶然出会ったホステスを本気で愛したりっていうような情に厚い態度を示すものの、本当の核の部分ではコイツは何にも感じてない無感情な人間でそれらは全部気まぐれなんだ、って僕は今作の冒頭までは思ってたんだけど、自分を捨てた母親・千代子に説得されて運送屋で働くことになった辺りから、僕の中の「健次」像は音を立てて崩壊していった。

大体、自分を捨てた母親に恨み言を言いにいくようなことさえ僕の中の健次的にはダメダメなのに、ましてやそこで一緒に働くなんてあり得ない。まあ、単に僕が健次の人間像を計り間違えてたといえばそれまでなんだけど、でも青山監督も健次はそもそもそういう人間だとして描いてるように見えるんだけどな。オダギリジョーに「健次さん、なんか怖いすよ」って言わせるとことか。だから千代子に対してなんか今までの不満をぶつけるとか、好きになったホステスに「オレ、昔、人を殺したんだ‥‥」って告白しちゃうところとか、なんでそんなん言っちゃうかな〜って思った。それじゃフツーに罪に苛まれてるマザコンの人殺しでしかないし、犯罪心理学にでも当てはめたら一発で類型化できちゃいそうな感じじゃないすか。僕的に今作は「健次」がどんどん何かショボイもの(血縁とか自責の念とか母親とか)に包摂されていく絶望的な物語なのだと感じました。割と爽やかなイメージで宣伝されてたからこんな煮え切らなくて嫌な気分になる話とは思わなかった。ラストの千代子と面会する健次の姿とか、もう僕のイメージしてた「健次」はそこには見る影もない。あの後、絶対牢屋で首を吊るでしょ。あれは。なんか、気が滅入ったなあ‥‥。

あ、あと、写真↑のオダギリジョーがあおいちゃんに膝枕してもらってるカットは笑った。ツッパってたクセに最後はそれか‥‥。総じて男ショボすぎる。



予告。↓







タグ:邦画
posted by ケニー at 04:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。